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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)3002号 判決

原告 下平雅則

被告 川田幸一

一、主  文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し東京都渋谷区下通り四丁目十三番地所在木造杉皮葺平家建店舗一棟建坪四十五坪の内西側向つて右から二戸目建坪二坪二合五勺及び三戸目建坪二坪二合五勺を明渡し昭和二十六年二月一日から右明渡済まで一日金二十五円の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに家屋明渡部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告は東京都渋谷区下通り四丁目十三番地所在木造杉皮葺平家建店舗一棟建坪四十五坪の所有者であるが、昭和二十二年四月一日、訴外中道喬男に対し右店舗の内西側向つて右から二戸目建坪二坪二合五勺を賃料を一日金十五円とし、毎月十日、二十日、三十日の三回に前払いの約にて賃貸し、更に同年七月に西側向つて右から三戸目建坪二坪二合五勺を賃料一日金十円とし、之が支払方法は右と同一の条件で賃貸した。そして右各賃貸借においては賃借人は賃借物の転貸又は賃借権の譲渡をしない旨の特約があつた。しかるに右訴外中道は、昭和二十六年二月初めに、原告に無断で被告に対し本件店舗二戸を転貸して、被告は本件店舗を現に占拠している。そこで原告は、右訴外中道に対し昭和二十六年二月十五日到達の内容証明郵便で無断転貸借を理由に本件店舗の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたから、同日をもつて原告と訴外中道との間の右契約は解除された。よつて原告は被告に対し本件店舗の明渡しを求めると共に、被告の右占拠により原告は賃料相当の損害を蒙つているから、その占拠の日である昭和二十六年二月一日より明渡済まで一日金二十五円の割合による金員の支払いを求めるため本訴に及んだと述べ、被告の抗弁事実を否認した。<立証省略>

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、訴外中道が原告からその所有の本件店舗二戸を賃借していたこと(但し賃料の額及び原告主張の特約は否認する)被告が現在右建物を使用していることは認めるがその余の事実は不知又は否認する。賃料は二戸につき一ケ月七百円である。そして被告は訴外中道より本件店舗を転借したのではなく、その賃借権の譲渡を受けたものである。抗弁として、

(一)  本件店舗は原告所有の通称エビス東口マーケツト五十数戸のうちの二戸であつて、昭和二十二年始頃之が建築に際し原告は当時の賃借人から一戸につき金一万円の権利金をとつたので右マーケツトの各店舗賃借権は、賃貸人である原告の承諾なくして譲渡し得ることの黙示の合意が原告と賃借人との間に成立していたものである。従つて被告は訴外中道から本件店舗の賃借権の譲渡をうけ適法な賃借人の地位を取得したものであるから原告の明渡の請求は失当である。

(二)  仮りに右事実が認められないとしても、(イ)本件店舗は前記のように原告所有のマーケツト式建物の一部であつて右マーケツトにおいては従来より賃借人から賃借権の譲渡をうけた者が之に代ると原告のマーケツト事務所で何等の異議なく賃借名義を譲受人に書換え爾後はこの者から家賃を取立ることになつて居り本マーケツト建築後現在まで百数十回の賃借権の譲渡がなされたのに拘らず本件を除いては一回も原告より異議がなされたことはないこと、(ロ)本件店舗のあるマーケツトでは全部賃借人が営業しており、原告はマーケツト内に事務員を置き、家賃の徴収等の事務に当らせ、原告自身は月一、二回家賃の徴収のためマーケツトに来るのみで賃借人と殆ど無関係の生活をしているのであるから、賃借人が確実に家賃を支払いその営業を続け、マーケツト店舗としての機能を営む限り原告にとつて賃借人が何人であるかは一般の住宅向貸家と異り、さしたる利害関係はない筈であり、それ故に本件マーケツトの賃借人は百数十回も変つたが原告は未だかつて之に対し異議を唱えたことはないのであり、被告も家賃の支払を怠るような心配もなく食料品店として営業をしているから賃借人の資格に欠くることはないこと、(ハ)原告は被告に対して被告が直接原告より改めて本件店舗を借り受けるのならこれを承諾することを洩らしている事実よりも、被告自身が本件店舗の賃借人として原告より見て不適格ではないこと、(ニ)そして更に、被告にとつて本件店舗は唯一の生活の根拠であつて、同所に居住し営業をなして居り被告は之が賃借権を譲受けるに際し金十九万円の権利金を訴外中道に支払つたが若し被告が之を明渡すとせば被告のうける損失は莫大であるに対し原告が被告に対し賃借権の譲受を承認しても何等損害をうけないこと、以上の事実からすると原告が訴外中道に対し本件店舗の賃借権の譲渡を承諾せずして原告と右訴外人の賃貸借を解除し被告に対し明渡を求めるは信義則に違反し、権利の濫用である。

よつて原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

原告と訴外中道との間に本件店舗につき、賃料の額及び本件店舗の転貸又は賃借権の譲渡をしないという特約の存在を除いて原告主張のような賃貸借契約がなされたこと及び被告が現に本件店舗を使用していることは当事者間に争いがない。

そして被告が昭和二十六年二月一日訴外中道喬男から同人が原告から賃借していた本件店舗二戸の賃借権の譲渡をうけたことは被告の認めて争わないところであつて、成立に争のない甲第二号証の一、二によると原告は右訴外中道に対し昭和二十六年二月十五日到達の内容証明郵便で右訴外人が原告に無断で賃借権を被告に譲渡したことを理由に原告と右訴外人との間の賃貸借契約を解除したことが認められる。

被告は本件店舗の賃借権は、マーケツト建物内の他の店舗と同様に右マーケツト完成当時賃借人と賃貸人たる原告との間の黙示の合意によつて賃借人は原告の承諾なしに賃借権を譲渡しうることになつて居た旨抗争するけれども、証人中道喬男、同石川順、同加々美良治の各供述によつても右事実を認め難く他にこれを認めるに足る証拠もなく、却つて原告本人の供述によると前記マーケツトの賃借権の譲渡については事前に或いは事後において原告の明示又は黙示承諾を得ていたことが認められる。したがつて被告の右抗弁は採用出来ない。

又更に、被告は原告の本件店舗に関する賃借権の譲渡を承諾せず原告と訴外中道の間の賃貸借を解除するは信義則に反し、権利の濫用である旨抗争するから按ずるに、賃貸人は賃借権の譲渡を承諾する義務のないこと勿論であつてその不承諾をもつて直ちに権利濫用とは謂えないのであるけれども、従前から賃借権の譲渡が相次いで行われ賃貸人においてその都度明示若くは黙示の承諾をなし平穏裡に賃借人が交替して来たので賃借権譲渡の当事者が賃貸人の承諾は容易に得られると考え又かく考えることについて誠に無理からぬ事情がある場合賃貸人が何等正当の理由がないのに拘らず承諾を拒否し、しかも右拒否が社会経済上の利益から見て妥当を欠く以上賃貸人が譲渡を承諾せずして賃貸借を解除し譲受人に明渡を求めるは権利の濫用であると解するを相当と謂わねばならない。

之を本件について見るに証人中道喬男、原告本人の各供述により成立を認める甲第一号証によると本件店舗の賃貸借契約証書には賃借人は賃貸人の承諾なくして賃借権を譲渡しない旨の約定が記載されているけれども、成立に争のない乙第五、六号証に証人中道喬男の証言及び右証言により成立を認める乙第四号証を綜合すると本件店舗二戸のうち三戸目の一戸(第四十七号店舗)はもと訴外田中信治が原告から賃借していたが、訴外中道喬男が昭和二十三年三月三十一日右訴外田中から賃借権の譲渡をうけ(名義は訴外中道の妻となつている)たが右譲渡について原告においては何等の異議を述べず、訴外中道から該店舗の賃料を受領し家賃領収証を訴外中道の妻名義に書き換える等前認定の約定に拘らず之を暗黙のうちに承諾したことが認められ、又証人石川順、加々美良治、中道喬男の各証言及び被告本人訊問の結果を綜合すると訴外石川順、同加々美良治の両名は原告から本件マーケツト内の店舗を賃借していたが右両名ともその賃借権を他に譲渡したが右譲渡について原告は別段異議を唱えず承諾したこと、本件マーケツトにおいては賃借人が原告に無断で賃借権を譲渡しても右マーケツトの事務所においては異議なく家賃領収書の名義書換をして譲受人から賃料を取立てていた事例が相当数あつたこと、原告所有の本件マーケツトは五十数戸の店舗から成り原告は之等を賃貸し賃借人は店舗としてマーケツトを形成していること、原告は中野区に居住していて材木商を営んでいること、及び被告は訴外中道から本件店舗の賃借権を譲受ける際予め右マーケツト内の原告の事務所に問合せたところ事務員から別段異議もなかつたので被告は金十九万円を支払つて右中道から譲受け本件店舗において食料品店を経営していることを認め得べく、一方原告本人の供述によると原告が本件賃借権の譲渡について承諾しないのは原告は被告の義兄たる訴外中込英一(原告所有の本件マーケツト内の店舗賃借人)に対し同人が右店舗に居住するに至つた経緯から面白くない感情を懐いていたが被告は同人の口ききで本件賃借権の譲渡をうけたので快しとしないこと、及び被告が本件店舗を原告に無断で改築したためであることが認められるけれども被告本人の供述によると右改築は三間に四尺の差掛を作つたものであつて被告の隣りの店舗は之よりも大きい差掛を作つたが原告から異議がなかつたことが認められ以上各認定を覆す証拠はない。

以上認定した事実から考察すると原告が本件店舗の賃借権の譲渡を承諾しないのは正当の理由がなく被告が本件店舗の明渡によつて蒙る損失苦痛は甚大であること明白であるから、原告が本件店舗の賃借権の譲渡を承諾せずして賃貸借契約を解除するは権利の濫用と謂わざるを得ない。従つて右解除は無効であるから被告に対し本件店舗の明渡を求める原告の請求は失当と謂うべく被告の右抗弁は理由あるものと謂うべきである。

よつて原告の本訴請求を失当として棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 花淵精一)

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